トマト体験記:その3


ウォォォォォォ!!!

周りのほとんどの人間が、そのトマトの山に向かって突進し、掴んで手当たり次第に周りに投げ始めた。もちろん、全くの無差別攻撃。

男性からは主に歓声が、女性からは主に悲鳴が聞こえてきた。

特に、トマトが山積みされてるあたりは、完全に子供の雪合戦みたいな無法地帯と化しているが、何せ投げて合っているのがトマトだけに、ものすごいカオス状態になっている。

そして、地面から2Mほども積み上げられたトマトの山を見て、一瞬怯んだ私だったが、負けずにトマトをひっつかんで投げようとした・・・のだが、掴んでから、重要なことに一つ気づいた。

このトマト、どれもまだ熟れてない!!!

つまり、かなり硬いのである。
おいおい、こんな熟れてないトマトが当たったら相当痛いぞ!!!

「トマトが硬いなんて聞いてないよ〜・・・」

と思わず弱音を吐きそうになったとき、第一撃が私の肩のあたりを直撃した。

ッッテェェェ!!!


予想通りの衝撃。


しかし、そんなことで戸惑っていては、ここまで来た意味がない。
私も、負けずにトマトの山に突っ込んで行き、至近距離の人に向かって全力で投げまくり始めた。すぐにお礼が返って来て、あっという間に私も頭からトマトまみれになっていく。
そのうち、珍しい東洋人で目立っていた私に向かって、数人がトマトを掴んで一斉に私の頭に塗りたくり始めた。いわば、「トマト・シャンプー」状態。

くさくなるからやめろー!!!

といっても、多勢に無勢。
私は、頭からトマトの皮をぶらさげ、顔から首から服から、全てトマト一色になってしまった。もう、ちょっとしたアートである。

頭からトマトの汁がどんどん垂れてくるので、目が痛くて仕方がない。服で拭こうにも、服は既にトマトまみれだし、手で拭いても全然取れない。
こうなると、ゴーグルを装着してきてる人が非常に羨ましかった。
恐らく、2回目以降の参加の人々なのだろう。

目がロクに開けれないこともあり、私は、周りに混じって力の限りトマトを掴んでは投げ、掴んでは投げの動作をマシンのように繰り返した。

通りの至る所で歓声と悲鳴が上がっている。

どさくさに紛れて、男性の中にはTシャツをビリビリに引き裂かれている人もいる。

とにかく、大勢の人が入り乱れて、凄まじい無法地帯と化している。



そうして周りと遊んでいるうちに、トマトがどんどんと潰れていき、「飛び交うのはトマトの残骸、そして地面にはトマトジュースの池」という状態になってきた。戦闘は、ますます泥沼化、である。

地面を覆うトマトジュースに足をとられて転倒する人が続出。
それでも、誰もが投げあいをやめない。
もう、全てのものが真っ赤、真っ赤、真っ赤、完全に赤色に染まっていた。

その状態を一言で言い表すなら、

「地獄絵図」

という言葉以外ないだろう。

そして、しばらく泥沼の戦いを続けているうち、次第に投げるトマトがなくなり始め、代わりに男性のトランクスだとかビーチボールだとか訳の分からないものまで飛び交い始めた。
もう、何もかもグダグダ・・・。

こうして、泥沼の戦闘は最終段階へ。

そして、祭りの開始から40分ほど経っただろうか。

この祭りが、正式にはいつまで続くのかは分からないが、周りに投げるべきトマトがなくなり、人々はトマトジュースの海の中で泳いだり、壁にもたれて一休みしたり、場外に待機していた友達に写真を撮ってもらったり、徐々にまったりモードに入ってきた。
(※後から確認したところによると、開始から1時間後(午後1時)にもう一度空砲が鳴って、それで終わりだそうだ。しかし、間違いなく1時間も持たない。

その後、人々は、自然に会場の外へと流れていった。
どうやら、これで祭りは終了のようだ。


最後はこんな状況に

(※ネットで拾ってきた、見知らぬ人の写真です)


参加前には、てっきり数時間くらい続くものだと思っていたが、実際は1時間弱、正味30分くらいのお祭りであった。
しかし、私も含め、周りも疲れ果てていた。
トマトジュースの中でトマトを投げあい、トマトまみれの目を拭ってトマトを人の体になすりつけるのは、一般人の体力では、30分くらいが限界らしい。

通りの外に出ると、地元の人々(もちろん不参加)が面白そうにトマトまみれの参加者を眺めており、中には家からホースを引っ張ってきて体を洗い流してやるいい人もいた。

私も、体は頭から足の先までトマトまみれで、これではとても電車に乗れそうになかったので、洗い流してもらうことにした。
数少ないホースの前には長蛇の列が出来ていたので、時間は短かったが、頭から水に浴びるのがこんなに気持ちいいことだとは思わなかった。
地面を見ると・・・凄い量のトマトの皮と種が、私の体から流れ出していた。こんなにトマト、いや野菜と果物を加えても、こんなに自然の恵みを体に塗りたくることなんて、もう一生ないであろう。



・・・ということで、トマト祭りは、意外にあっけなく終了した。

私は、体を洗うと、人波に混じってそそくさとブニョルの駅に向かった。
ブニョルの駅前に着くと、露店が出ており、そこでは「トマト祭り記念Tシャツ」が販売されていた。こんなの、どうせ高いだろうけど・・・と、試しに値段を聞いてみると、何と600ペセタ!円にすると、たったの400円!

おいおい、儲ける気あんのか!?

と突っ込もうとしたが、その前に「これ、1枚。」と無意識に言ってしまっていた。
こんなイベントなのに参加無料だし、Tシャツは安いし・・・。何のために催しているのかさっぱり分からない祭りである。

そして、駅の構内に入ってふと見渡すと、西洋人数人のグループが、地面にガイドブック・衣服・航空券・ペーパーバックなど、全ての持ち物を置いて乾かしているのが目に入った。どうやら、このヤンキーども、トマト祭りにバックパックで参戦した模様。


・・・正真正銘のバカだな、こいつら。


「クレイジー」の意味、間違ってるよ、アンタたち。

そして、その天日干ししているバカどもを眺めつつ、待っていた列車に乗り込むと・・・ものすごいトマトの匂い!!!
乗っているのはトマトまみれの若者ばかりなので、それも当然のこと。私みたいに、体を流してもらった人でもトマトの匂いがプンプンしてるだろうし、体を流してない人などは、すりつぶしたトマトそのものである。臭くないはずがない。

やがて、列車はトマトまみれの若者満載で発車したのだが、その列車は、当然いろんな駅に止まるわけで。


「ぇうぇっ、トマトくせぇぇぇーっ!」

途中の駅で乗ってこようとしてた乗客の皆さん、叫ぶ叫ぶ。
お決まりのコントのようであった。

結局、途中の駅からはほとんど誰も乗ってこず、車掌に至っては、終点のバレンシアまで1度たりともトマト臭の充満する車内を回ってくる事はなかった。











終点のバレンシア駅構内は、水を打ったような静寂に包まれていた。

私は、修学旅行から家に戻ってきた時のような強い違和感を抱きつつ、惰性のまま列車を降り、駅舎を出た。

陽光に包まれた町は、出発前と同じ、落ち着いた雰囲気の中にあった。その町並みを眺めていると、あのトマトにまみれていた時間が、まるで夢のようであった。

そんなことを思いながら、ふと私は、自分の体から発せられる仄かなトマトの匂いに気づき、自分の胸を見た。


そこには、しっかりと、

LA TOMATINA
FIESTA DEL TOMATE
BUNOL


と記されていた。







おわーり。


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